思うがままに。

〜頑張らないことが目標〜

急性虫垂炎で入院

久しぶりの投稿です。

実は急性虫垂炎で昨日受診してそのまま入院となりました。

1連の出来事を記録しておこうかなと思います。

 

まずそもそものスタートは8月初旬。

出勤後、急に腹痛が…

みぞおちがかなり痛いので、胃薬をもらいに健康管理室へ

胃薬をもらって様子をみようとしたけれど、痛くて座っていられない。

更衣室で15分ほど休ませてもらったけど、痛くて休めない。

丸まってもさすっても、何しても激痛。

 

これは仕事にならないと思って、上司に早退の申し出。

同僚に家まで送るよ〜と言ってもらったけど、「大丈夫です〜(ニコニコ)」と強がる。

駐車場まで歩いて行って車に乗った途端、強がる必要がなくなったからか、めちゃくちゃ痛い!!(涙)

ヒーヒー言いながら(本当に口に出てた)、これは運転出来ないかも…と思ってきた。

 

(心の声)

いや、でも大丈夫ですって言ったしなー

職場の人の前で平気な顔するのしんどいなー

 

と、考えて自分で帰ることにした。

※今考えると本当にやめた方が良いです。自分以外の人に危害を加える恐れがあるので、今後は同僚に送って貰うか救急車を呼びます。

 

職場から家までは20キロ。

半分以上が山道です。

ただ、あまりにも痛くて職場出て3分くらいで、脇に停めようかなと思い始める。

 

(心の声)

救急車を呼ぼうかな?

いや、救急車来るまで待ってられないから、自分で行った方が早いかも!

でも、痛すぎる…

救急車来てもらったら、この車はどうなるの?乗り捨てなの?

ひとり暮らしだから、取りに来てもらえないし、アーーー!

 

と考えて、とにかく安全運転!痛みで気絶しないように!

頑張れ頑張れと声に出して運転しました。

救急車は4,5回呼ぶか真剣に考えました。

私の中で、救急車って本当に大変な方が呼ぶものだと思っているので、"自分で喋れて意識もあるのに呼んでしまって良いものか"と呼べませんでした。

 

その後、家の近くの交差点で赤信号。

信号変わるのが長いと知っているので、パーキングに入れてサイドブレーキを引き、少し休憩。

これが大失敗!!

信号が変わって足をブレーキに掛けようとしたら、右下腹部が凄まじい痛み。

涙出そうでした。

もう、信号で停まっても休憩はしないと誓って、帰宅。

 

もう這うようにして、仕事着を脱ぎ捨てて布団に寝転がりました。

痛すぎて運転は無理だと悟り、少し落ち着いてから病院へ行こう、少し寝よう、

と思ったのに、痛すぎて寝れない。

 

帰宅直後、36.8℃だったのに、昼過ぎには38.4℃に。

あー、やばいかもと思ってきた。

 

同僚から仕事帰りに病院連れて行くよ!と言って貰えたけど、夜まで待てず夕方1人で運転して、近所の病院Aへ。

※激痛→痛 に。みぞおちは痛みがかなりマシになったかわりに、右下腹部の痛みは悪化。

 

A病院は初めて行くところで(仕事で引越してきたので、土地勘0。病院も分からず)、駆け込んだ結果、念の為コロナのPCRを受けることに。

(熱があるのに、アポ無しという迷惑な患者でした。対応してもらえたことに感謝です。)

 

診察も厳戒態勢(コロナの前提)で、触診はしてもらえずでしたが、胃腸炎の薬をいただきました。

 

翌日、少し大きめの病院Bへ。

PCR検査のみ。

その2日後に陰性確認できたので、B病院でお腹を診てもらうことに。

急性虫垂炎の疑いで検査を色々して、結果腫れと炎症反応はあるけれど、ピークは過ぎて治っているところ。

お薬で治しましょう。

ということで、抗生剤を4日もらった。

 

この時の私は正直、自分のお腹のことより職場のことで頭がいっぱい。

PCRを受けることになって、職場は大騒ぎに。

私の部署は全員在宅勤務になり、私が使ったトイレや更衣室は使用禁止に。

 

結果が出るまでは、本当に心が折れたかと思うくらい落ち込みました。

もう退職するしかない、消えるしかない、と思い詰めていました。

でも、職場の同僚や先輩から電話をもらったり、お見舞いのお花やゼリーなどもらって、周りの人の温かさや支えも感じました。

 

そして、母がアポなしで突撃してくれて、お粥を作ってくれたり病院へ送ってくれたり、布団で小さく丸まって泣いている私の背中を何も言わずにさすってくれました。

土日になってからは、夫が遠くから(新幹線で3時間くらい)来てくれて、支えてくれました。

陰性と分かってたけど、外に出るのが怖かった私をドライブに連れて行ってくれて、お日様の光を浴びせてくれました。

 

この様な流れがあって、自分の体のことより、職場に迷惑をかけたこと、差別されるかもしれない、避けられるかもしれない…etc 色んな悩みがあって、復帰のことばかり考えていました。

 

陰性確認後、部署のみなさんは通常通り出勤できていたのですが、私は職場のルールで陰性確認後7日間は自宅待機でした。

この間も、まあまあ病みました。

でも、心は折れていなかったようで少しずつ前向きに考えられていました。

 

その間、腹痛はと言うと…

抗生剤のおかげで、熱は出ず腹痛もかなりマシに。

動いたりする時は響くという感じ。

薬はもうないけど、ここからは自然治癒に任せるんだろうな〜と思ってました。

 

ド緊張の中、復帰して(めちゃみなさん温かく迎えてくれました)、3,4日後。

あれ?また痛いよ?

どんどん痛くなるよ?

と痛みに気付いてきました。

 

あの発症初日の白目剥きそうな痛みを考えるとこんなの1/3くらいだし!

後遺症かも〜

とか、とにかく受診しないで良いように考えてました。

 

だって、せっかく復帰したのに、また休まなきゃいけないなんて、絶対イヤだ!!!

でも、金曜日になって痛みは少しずつ強くなってるし、、、

下痢の腹痛とは違う痛みだし…

土日にあの激痛を迎えたら、マジで無理!

と思って、念の為朝イチでB病院へ。

 

当日病院へ行く前に検温すると、36.9℃。

ギリギリセーフでホッ。

B病院について受付でおでこでの検温。

「エッ?」と言われて、2,3回計り治される。

「あのー。37.7℃ですけど…」と言われて、ビックリ。

とりあえず、家では36.9℃でしたと伝えて、別室待機に。

 

ベッドに寝転んで待機してたら、点滴と採血をしてもらえた。

点滴は結局9:30-12:30くらいまでしてた。

結果が出で、先生から『検査結果的に前より酷くなっている訳ではないけれど、前のCTとか総合的に考えて、急性虫垂炎の疑いなので、大きい病院を紹介します』と説明。

 

土日に急変すると困るので、病院の方がこの後診察してもらえるところを当たってくれました。

 

大きなC病院が受け入れてくれることになり、この後そのまま向かうことに。

出来ればタクシーに行ってほしいと言われたけれど、腹痛も落ち着いているので、申し訳なかったけれど運転していった。

 

C病院では外科へ。

検温では、37.7℃。あらら…という感じ。

すぐに診察してもらえました。

女性の先生でめちゃ優しい(涙)

ゆっくり喋ってくれるので、私も焦らず丁寧に経緯を説明。

触診とB病院のCTやデータを見て、急性虫垂炎の疑いだと言われた。

抗生剤だと再発があるらしいけれど、再発のスパンは数年後の人もいれば、私のように数週間、数日もあるみたい。

 

酷かったら手術になる可能性もあるけれど、明らかに点滴薬で抑え込めるぐらいであれば手術しないで治療しましょう。

と言って貰えて、安心。

 

血液検査などして、点滴も付けてもらって点滴押しながら、他の検査へ。

緊急手術の可能性もあるので、上の服だけ病院着になりました。

 

エコーでは、右下腹部をめちゃくちゃ押されて、グリグリされてかなり痛かったです。痛いですって言おうか迷ったけど、ちゃんと診てもらいたいから我慢。

※検査技師さんはお仕事をしてくださっただけなので、感謝しています。

 

その後、レントゲン撮ったり色々して診察。

エコーの結果、手術が必要なほど悪化していないので、抗生剤で治すことに。

先生からは、1週間抗生剤を飲んで自宅で治すのと、抗生剤の点滴で入院して治すかの提案。

点滴の方がガツンと治せるし、悪化してもすぐ対応してもらえるので、入院することに。

 

そのまま、着の身着のままで入院。

携帯の充電器すらないため、お借りして家族や職場に連絡。

 

そんなこんなで、入院スタート。

月曜日の状態によって、退院出来るかもなので、治療に専念したいと思います。

 

 

気持ちの整理

今日は本当に、思うがままに。

自分の気持ちの整理のために書きます。

 

昨日、ある方が亡くなりました。突然のニュースでした。

速報を見たとき、心臓がギュッとなって変な汗が出て、身体がこわばりました。

 

私はその人の熱狂的なファンとは言えないかもしれませんが、とても活躍されている方なので、沢山の作品を見てきました。

大好きな漫画をその方が実写化で出演していたり。

 

同世代なので、自分の青春時代(よく映画やTVを見ていた時代)ドンピシャの方でした。

とても清潔感と好感のある方だったので、嫌いという人は周りにいませんでした。

 

自分自身、少しTVとかの楽しみから離れていたときでも、歌番組で出ていたのを見て、本当に多彩だな~としみじみ思っていました。

むしろ、最近舞台や歌手活動などされているので、彼のしたいことが漸くできるようになって、希望に満ち溢れて活動をしていると思っていました。

 

だから、本当に驚いてしまって。

自分が悲しいのか、悔しいのか、やるせないのか・・・

しばらく感情が分かりませんでした。

 

安らかに眠ってほしい。ゆっくり休んでほしい。

と正直思えませんでした。

どうして?という気持ちが強すぎて。本当に信じられなかった。

 

しばらく経って、とても悲しくなりました。

ちょうど放送していた音楽番組で、彼の映画の主題歌が披露され、その大好きな曲を聞いて、涙が出てきました。

 

命を絶ってしまうなんて、どれだけつらかったのだろう・・・

ドラマの撮影中で、来年までスケジュールが埋まっていて、どれだけ周りの人に迷惑をかけ、悲しませてしまうのかということ

きっと分かっていて、それでも死を選んでしまった。

つらいなんて言葉では表せないくらい、追い詰められていたんだと。

そう思うと、胸が苦しいです。

 

私は芸能人としてのTVの中の彼しか知らないけれど、真面目なエピソードを聞いているとストイックな方なんだろうなと思います。

自分に厳しく、頑張って頑張って頑張って生きてきたんだろうな。

頑張る生き方しかしていなかったら、頑張れなくなったとき、自分のすべてが否定されるように感じると思います。

周りがどれだけ「そんなことないよ。頑張らなくても良いんだよ」って言ってくれても、自分自身が自分を許せない限り、本当の意味で『頑張れない自分』を肯定してあげることはできないです。

 

(自分語りするなと言われるかも知れませんが、見逃してください)

私は、自分の良い長所は頑張り屋なところしかないと思っていました。

自分の唯一の取り柄だと思っていました。

どれだけツラくても

ツラいと思ってはいけない/まだまだ平気/自分ならやれる(やらなければならない)/限界と思ってからがスタートetc

ってとにかく、自分を鼓舞していました。

 

社会人になって、部署の人手不足(退職・休職続き)もあり、あきらかに自分のキャパを超えた仕事量でした。

とにかく頑張って、昼休みもとらず深夜まで働き、休日出勤もしました。

自分はとにかく頑張るしかないから。

職場に迷惑をかけないように頑張る。

上司も期待していると言ってくれているんだから。

そうして、気付いたときには鬱になっていました。

自分では鬱になっているなんて思いませんでした。

ずーっと身体がつらくて、熱も出ているし眠れないけれど、少し体調が悪いなとしか思っていませんでした。

自分の気持ちに目を向ける時間も余裕もなかったのだと思います。

 

身体もきついし記憶力も悪くなって、頑張っても頑張っても、どんどん出来なくなって、バカになっていく自分に恐怖がありました。

どうして良いか分からなくて、、、消えたい。

自分のこと知っている人がいない世界に行きたい。

そういうことが頭の中に、常に存在するようになりました。

 

 

彼が亡くなってしまった原因は分からないですし、ご本人も明確にこれだと思うものがなかったかもしれません。

(色んなことの積もり積もった出来事とか)

誰も本当のことは知ることはできません。

だけど、彼にとって生き続けることの方がツライくらい、しんどい思いをしていたことは事実なんだと思います。

その苦しみから解放されたと思うと、ゆっくり休んでほしいなと思えます。

 

でも・・・・

これだけ沢山の人があなたを思って涙し、自分の無力さに後悔し、ただ生きていて欲しかったと思っている。

あなたのことを大切に思う人たちがこんなにも沢山いることを、生きているうちに知っていて欲しかった。

 

 

私は高校時代の友人を亡くしました。

彼女はしっかり者で、真面目で、頑張り屋さんで。

大学がバラバラになってからも、クラスの女子で定期的に会っていて、そこでも明るくて元気に見えていたので、亡くなった知らせを聞いたときは、本当に意味が分からなくて感情が追いつきませんでした。

 

お通夜とお葬式では、会場に入りきれないくらい人が来ました。

彼女の棺にお花を入れたとき、寝ているみたいでまだ実感がわかなくて、ひたすらどうしてこうなってしまったのか考えました。

会った時にどうして気付けなかったんだろう?

自分にできることあったはずしゃないか?

本当に、つらかった。

 

孤独で味方なんていないって思ってたかもしれないけれど

こんなにも、あなたのこと大切に思っている人がいたんだよ。

知ってた?もっと早く知っていたら、生きることを選んでくれてた?

もしも、死をキャンセルできる制度があったとしたら、きっと優しいあなたは、やっぱり生きることにするって戻ってきてくれそうだよね。

もしかしたら、それはあなたをまた苦労させることになるかもしれないけれど

それでも戻ってきてほしい。

 

私は彼女のこと忘れないし、彼女から大切なことを教えてもらったと思ってる。

今でも、悲しい。LINEは残ったままだから、ご両親も携帯解約してないんだろうな。

本当に大切な友達でした。

 

あまりリアルでこの話できなくて、書かせてもらいました。

今書いていても、涙が出ます。

7年経っても、私は悲しい。

でも、あなたのこと思い出すたびに、「生きて!」って言われてる気がする。

私は、頑張って生きるね。

 

 

生きやすい世の中になっていくことを切に願います。

この世で頑張った分、ゆっくりと休めていますように・・・

 

 

変な人に絡まれた

今月から復帰して、沢山嬉しいことがありました。

でも、今日はすごく困った話を書かせてください。

人間関係に関することです。

 

 

午後、働いていると他の部署のAさんが突然席に来て「すみません。ちょっと良いですか」と声をかけられました。

 

【Aさんの情報】

・7,8年くらい入社歴が上の男性

・ほぼ初対面(復帰初日に挨拶したくらい)

・変な人(突然キレる)との情報あり

・昨年秋に異動してきた

・仲良しの同僚から「Aさんがゆっこのことすごく見てるよ」と言われていました。(私は見られている自覚無し)

 

仕事のことor手伝って欲しいことでもあるのかな?と『何でしょう?』と席をたちました。

すると、Aさんは「ちょっと…」と言って歩いて行くので、急ぎなんだな〜と思ってついて行きました。

 

居室から出て歩きながら「ここ(職場)って雰囲気悪くないですか?」と言われて

頭がハテナだらけになりました。

私は居室を出てすぐ立ち止まったのですが、そこは沢山人通りもあるためAさんが「〇〇棟へ行きましょう」と言い歩いて行きました。

 

この時点で、

業務と無関係(しかも職場の愚痴)の話

をしようとしていることは分かりました。

 

意味の分からない行動をとるAさんが不気味で怖く、恐怖で『戻りたい』『嫌だ』と思っているのに行動をとれませんでした。

とにかく、不安で怖くてツラかったです。

 

その後、隣の棟に移りましたが入ったところで立ち止まってみたものの「もう少し行きましょう」と人気のない方へ進むため、本当に嫌でした。

変な人だという情報を持っていた為、人気のないところで変なことされるかもしれない、とこれ以上進まないようにとにかく頭を働かせました。

 

椅子が見えたので、『もうここにしませんか』と言いました。

 

そこから、Aさんの会社の悪口、上司の悪口、住んでいる地域(かなり田舎)の悪口、本部にいた頃の悪口etc

を言われました。

大抵のことに同意を求める聞き方をされたのですが、『ここで同意と取られる返事をすると後で仲間にされるかもしれない』と同意はせず、流して返事をしていました。

Aさんは楽しそうにイキイキと悪口を話していました。

 

とにかく、業務中に意味分からないし

今まで関わりもなく、ほぼ初対面だし、部署も違うのに、本当に気持ち悪かったです。

 

30分ほど経って、さすがに帰りたかったですが、突然キレるという情報もあったので、冷たく『迷惑なんで戻ります』とか言ったら、この人気のない場所で何かされるかも、と思い悩みました。

『寒くなってきたので戻りませんか。』と言って、戻ることにしました。

 

戻りながら、何とも言えない感情で泣きそうでした。

・Aさんに対する怒り

・愚痴のはけ口にされるという、なめた態度

・なめられてるんだという虚しさ

・業務を止めても良いだろうと思わせた自分の仕事の取り組み方

・嫌だ!迷惑だ!キモイ!と言えない自分の弱さ

・休職の原因にもなったストーカーのことがフラッシュバック

・また変なやつに目を付けられた

・こんなに目を付けられるってことは、自分が隙だらけだから、自分が悪いんだ

 

ただひたすらマイナスの感情で、悲しくて悔しくてイライラして、苦しかったです。

 

席に戻った時、仲良しの同僚と目が合って涙が出そうになりました。

戻って来れた安心感と、私はリワークで何を学んで来たんだろう?何で毅然と断れなかったんだろう?と悔しさで、本当に泣くところでした。

 

だけど、泣いたら"治ってないんじゃないか"とか余計な心配をかけてしまうので、とにかく耐えました。

 

 

復帰して2週間も経たずなのに、こんな爆弾のような出来事がありました。

本当にショックです。

 

男の人に好かれようと、ニコニコしてしっぽ振ったりしてる訳じゃありません。

勘違いさせたりしてないと思います。(挨拶交わしたことしかない)

 

Aさんも私が女だから声をかけた訳ではないかもしれません。私が男でも声を掛けていたかもしれません。

 

でも、完全に私の事なめてると思います。それが悔しいです。

 

 

この出来事があってから、ちょっと自分でも戸惑うくらい、調子が悪いです。

こんなヤツのせいで、また調子狂ったらイヤだ…

 

復職が決まりました

2月はバタバタと進んでいます。

 

2月中旬に職場の方がリワークまで来て下さり、主治医・担当スタッフと情報共有をしていただきました。

途中から私も混ざって、希望を伝えたりしました。

 

そして、先日会社で産業医面談があり、そこで上司とも久しぶりに会いました。

戻ってからの働き方(業務内容)や就業時間など話し合いました。

産業医もOKで3月から復職です。

 

 

現部署に戻ることになりますが、私がいた時にお世話になっていた方は、かなりの数異動でいなくなっています。

新たな部署に行くような感じかなと思います。

 

リワークの方も今月はいつものプレゼンもありつつ、修了課題もあります。

20分くらい1人で発表しなければいけません。

急遽復帰時期が決まったので、10日間くらいで作らなきゃいけないので、結構焦っています。

(他のメンバーさんの進捗を聞いていると、結構前もって復帰時期が分かる方が多く、3週間くらい準備している)

 

でも、だいぶ完璧主義は減ったと思うので何とかなりそうです。

徹夜もする気はないし、限られた時間で出来るレベルで良いやと思うようにしています。

 

そういえば、久しぶりに職場に行った際に廊下で偶然会った次長に

『みんな楽しみに待ってるよ〜』って声を掛けて貰いました。

その一言だけでもホッとして、嬉しくなりました。

 

初日は緊張すると思いますが、今は心配しても仕方ないので、リワークの課題にしっかり向き合います。

 

以上、報告でした。

ストレスに気付くこと

2月になりました。

前回はプレゼンに対する不安を吐露した記事になってしまいましたが、プレゼンは何とかなりました。

 

司会進行もリワークのスタッフさんや他の医療関係者の方々から、スムーズで良かったと言って貰えました。

 

褒めてもらえて嬉しかったですが、質疑応答の場をもたせられたのは、メンバーさんとの作戦や偶然質問してくださる方がおられたからなので、本当にありがたい気持ちです。

 

タイトルのお話ですが、、、

今回は自分のストレスに気付けていなかったと思いました。(ストレス自体には気付いていたけれど、自分の予想の3倍はストレスだったということ)

12月のプレゼンで発表者になった時は、スライドも早々完成していたので自分の緊張感や不安に向き合う時間がありました。

でも、今回は司会の資料作成やゲストの配席を考えたり、自分達の発表スライドやQ&A対策を考えたり、ギリギリまで仕事がありました。

だから、緊張や不安に気付けていませんでした。

 

前日は頭痛が酷く、そのせいで夕食が取れないと思っていましたが、プレゼン当日の昼食も殆どノドを通りませんでした。

吐き気がして食べられないとかではなく、食欲がないのです。

気持ち的には食べなくても良いのですが、身体のために粘って少しは食べました。(食べないとご飯代がプラスで徴収されます。ちなみに少しでも口を付けたらセーフです。)

 

食べられない状況でも、「あれ?今日は頭痛くないのに食欲がない。何でだろう?」と思うくらい、緊張や不安に気付いていませんでした。

おかしいと気付いてから、漸く前日の頭痛や食欲不振がストレスから来るものだと分かりました。

 

そう言えば以前から、過度に何かに集中すると食欲がゼロになります。

仕事でも昼食を食べなかったりしていたことを思い出しました。

お腹空いてないんだから、食べなくて良いや!

痩せるからラッキー!

くらいにしか考えていませんでした。

 

適応障害と診断されて休職してからは、どんどん食べられなくなっていって(ほぼ寝たきり)、さすがに食べないとと危機感を覚える頃には、食べ物を受け付けない身体になっていました。

フラフラになりながら、歩いて病院へ行って点滴をしてもらっていました。

その時は、食べられないことがつらくて、お腹好かないこともつらかったです。

 

今回は終わりが分かっているストレスイベントだったので、食事を取らないのは前日と当日のお昼だけで済みました。(プレゼンが終わった途端にお腹空いた笑)

 

ただ、職場に復帰してストレスが長く続く環境になると、食べないことが何日も続いてしまうことになります。

 

担当スタッフさんともお話をして

・食欲を無くす前にストレスに気付いてコントロール出来るようにする

・食欲が無くなってしまった時に、どうやったら食欲が戻ってくるか

2つの対策を復職までに考えておきましょう、となりました。

 

リワークへ通いだしてから生活のリズムも良くなって、ストレスがあっても認知行動療法などで乗り越えて順調に思えていました。

でも、最後の最後にストレスイベントがあって、自分の困った行動(食欲不振)を思い出すことが出来ました。

本当に大きな学びに繋がると思います。

 

スタッフさん曰く、私は極度に集中すると血流がほぼほぼ脳に流れてしまうので、胃腸には行かず、働きが疎かになってしまっているのかも、と。

食事のことが頭に入ってくる余裕がないんだと思います。

実際、プレゼン当日もきちんと昼食を摂っているメンバーさん達を眺めて"何でみんなパクパク食べれるんだろう?"と不思議でした。

私の中では緊急事態なので、食べてる場合じゃないんでしょうね…困ったもんだ。(熊に襲われた時にお腹空かないのと同じ?)

 

マインドフルネスが私の個人課題ですが、まさに"今ここで"の考え方が大事なんだろうなと思います。

1時間後のプレゼンの進行をイメトレして思い悩むのではなくて、今席に座って食事を摂っていることに意識を戻して、味わうことが出来るようになりたいです。

 

 

と、ここまで長々と書きましたが

今週の診察で復職可能の診断書を書いてもらえることになりました。

再来週に復職の面談を受けます。

 

1歩ずつ、進んでいます。

漸く明日で1月が終わる

何だか1月は疲れました。

お正月もあって、リワークに行く日が少なかったはずなのに。

 

理由はプレゼンが大変だからだと思います。

主治医や担当スタッフさんにも言われていますが、私は周りの環境に左右されやすいようです。

周りに攻撃的な人がいたら振り回されるし、消極的な人がいたら自分がやらねばと仕事を抱え込むし…

誰しも少なからず環境には左右されますが、それが過度のようです。

 

なので、プレゼンも班のメンバーや役割によって負荷がかなり違います。

10月はつらくて、11月・12月はラクで逆に刺激がなく、今月はつらいです。

 

特に今回は司会進行役もすることになっています。

開会の言葉や講評を貰うために事前にスタッフさんにお願いへ行ったり、進行のタイムスケジュールを立てて、スタッフさんと打ち合わせをしたり。

3班の意見を聞いて集約したり、、、

自分の苦手な仕事が盛り沢山です。

 

もちろん自分の班のプレゼンもあるので、そちらの準備も。

班の方は前回の記事でも書きましたが消極的なので、自分が動かないとと思ってやってきて疲れました。

班長が役割をしてくれないので、私が他の班とやり取りしているけど、どうすれば良かったのだろうか?

班長の仕事だから「どうなっても知らない」と思えるなら良いんだけど、、

何回かは『〇〇の確認、他の班長さんと共有した方が良いと思いますよ〜』と言ったし、言えばやってくれるけど、班長自身は"どれが共有や相談しなきゃいけないものなのか"が分からないのだと思います。

だから班長には悪気はないのです。

 

ただ、班長に一つ一つ指摘(?)する自分が嫁をいびる姑みたいで嫌だなと。

てか、正直めんどくさいです。 

そのくらい気付いて?

そのくらいは分かるでしょ?

というのが本音です。

(将来子供が結婚したら、めっちゃ嫌な姑になりそう笑)

 

こういう相手へのイライラや不満って、相手に期待してるからなんですよね。

初めから期待しなかったら、こんなイライラは生まれないし、何か少しでもしてくれたらラッキーだと思えます。

 

でも、それはかなり難しいです。

特に自分がやりたくないこと、しんどいことをしている時は無理です。

最低限このくらいはして欲しい

と思ってしまいます。(ちなみに、私の"最低限"はかなり要求していることがあるとスタッフさんに指摘された)

 

リワークに行っても、根本の考え方を変えるのは難しいですね。

 

今日はリワークの途中から頭痛が酷くて吐き気もあって、かなりしんどかったです。

帰りたいなと思いつつ、最後までプログラムを受けたのは回復した結果だと思います。

帰宅して横になって仮眠をとっても治まらず、ロキソニンを飲みました。

食欲もないので白ご飯にノリを巻いて食べました。

(倒れる前や療養中は食べたくなかったら食べなかったので、無理にでも何かを口にすることもリワークで変わったことかなと思います)

 

明日のプレゼン発表なんて、もうどうにでもなれ。

気が付けば2020年

随分ブログを放置してしまいましたが、明けましておめでとうございます。

 

何度か書こうとしては、上手くまとまらなくて諦めたりしてしまってました。

今回は、軽く近況でも書こうかなと思います。

 

まず復職の面談を1月に受けたかったのですが、それは間に合いませんでした。

私が産業医と復職面談する前に、主治医やリワークのスタッフが職場と情報共有してくれるそうです。

 

情報共有とは私の体調のことやリワークでの取り組み、復職後に職場に配慮してもらいたいこと、また職場からの要望などを話し合うみたいです。

復職には不安が付き物ですが、自分の状態をきちんと伝えられることは、不安を少しは解消できるのかなと思います。

 

それが今週あるため、主治医・担当スタッフさん・職場の保健師・部長・私というメンバーで面談が…!

きっと緊張するんだろうなと思います。

でも"まあ、なるようになるか"と思えるようにもなってきました。

 

そして産業医面談は月に1回しかないので、2月に受けることになりそうです。

・3月に元の部署に戻ることになるのか?

・4月まで復帰させて貰えないか?(部署が超繁忙期の為)

・4月に違う部署に転勤になるか?

のどれかになるかなと予想しています。

 

復職のスケジュールは、受け入れ先の状況によっても変わってくるので、意識的にゆったり考えたいと思います。

※スケジュール通りにいかないと、すごくストレスを感じてしまうから。計画通りいかない事の方が世の中多いと気付いたのがアラサーっていう…(苦笑)

 

 

さて、最近のリワークでは今月のプレゼン準備でイライラが半端ないです。

自分の気持ちが荒ぶったり、落ちたりした時に、自分の感情に目を向けられるようになりました。

※今までは、イライラとか不安とか見て見ぬ振りをしていて、爆発するまで気付いてあげなかったので。

 

同じ班の2人が消極的なのです。

私は今回プレゼン発表会の司会を担当するので、班長でも発表者でもないけれど、プレゼンの打合せでは2人全然話さない。

意見も出さないし、話を振ったり進めたり、まとめたりしない。

 

この1週間ちょっと、

・ミーティングで話を振る

・プレゼンの構成やアイデアを提案

・本来班長の業務である提出書類を手伝う(班長はPCが苦手)

・PC操作が分からないからと言われて、別の課題をしている最中に一旦手を止めて教える

etc

 

今日はまたこの1週間が始まるのかと思うと、朝からグッタリでした。

朝のミーティングでは、最初黙っていたら2,3分沈黙でした。※結局、自分から切り出した。

率先してまとめたい!アイデアがあるから言いたい!みたいなタイプではないので、かなり苦痛です。

 

PCが苦手なのは仕方ないと思うので、9月10月頃は聞かれたら好意的に教えていました。

あれから5ヶ月経ち、あの頃よりはPCが出来るようになっていますが

・USBの抜き方が分からない

・「ウォーキング」と入力する際に小さい"お"の出し方が分からない

・班のフォルダーを複数コピーしてどれが最新か分からなくなったと言ってくる

など、もう何回教えたと思ってるの?と思うことが多々あります。

 

スタッフさんにも聞きにくいのか、私に聞いてくるので、かなりグッタリしてきました。

 

もう1名の方は、上記の方より頼ってくることは少ないですが、ほぼ意見を言わないので(聞いてみても特に意見がない)、何を考えているか不明です。

 

今月のプレゼンは、内容もスライドもかなりレベルが低い状況です。

正直、1人でやった方がストレスが少なく納得いくものが作れると思います。

今回このメンバーになったのは

・1人で抱え込まない/引き受けない

・納得のいかない内容でも、ある程度で諦める(脱完璧主義)

・仕事の出来ない人と仕事をすることになった時の対処を考える

ということかなと思います。

 

スタッフさんとの先月の面談で

①仕事が全然出来ないけど、自分と同じお給料を貰っている人がいたらどう思いますか?

②将来色んな人をまとめていく立場になると思いますよ

というような話をされたので、今回のメンバーを聞いた時にスタッフさんの意図は汲み取れたつもりです。

 

①については、休職前に中途採用のおばさんが全然仕事出来なくてフォローばっかりしていて、でもおばさんの給料は私より断然良いという状況に、かなりのストレスだった。

という過去の自分の課題(今もか…)と

復職後は私がいわゆる仕事の出来ない人(数ヶ月時短勤務、業務内容にも配慮してもらう)になるので、そうなった時に自分を責めない&無理して頑張らないように出来るか

という直近の自分の課題だと思います。

 

今、ここまで書いてみてプレゼンに関しては

「自分はギブばっかりしてて疲れた。イライラする。この2人みたいにテイク側の人間になれたら楽に生きれるのに。てか、何でテイクやのにメンタル病んでんねん!」って気持ちでした。※こんな気持ちを実は抱えていて、2人には申し訳ないです。

 

でも、復職後のこと考えたら

完全にブーメラン!!!

普通に自分はテイク側の人間やん。

てか、1年休職してる時点で会社からテイクしかされてないやん。

と気付きました。

 

復職したら、少しギブが出来るようになりますが、テイク多めで生きていくつもりです。

仕事以外に関しても、これからの人生頑張らないで生きていきたいです。

そして、1番課題なのは"頑張らない自分を認めて、許すこと"。

 

 

2020年もよろしくお願いします。